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【育児】三女ちゃんが2歳になりましたのでご報告申し上げます。

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三女ちゃんが2歳になりました。これを契機に、我が家の子供たちの様子を記録します。 育児休暇から仕事復帰して1年が経過した、ということでもあります。プライベートも仕事もおおむね楽しく過ごせていて、ありがたいなぁと思います。 ほんとは1歳半とかで記事更新しようかと思ってたけど、なんか「子供たちの様子を事細かに書こう」とか、「この内容でいいのか?」という風に自分に高いハードルを課してしまう気持ちがあって書ききれませんでした。 今回もそうした気持ちはあったのですが、「まぁ書かないより書いた方がいいか」的なところで落ち着きました。お時間がたくさんある方は過去の記事もどうぞご覧ください。 【育児】三女ちゃんが1歳になりましたのでご報告申し上げます 【育児】三女ちゃんが生後9ヶ月を経過しました。 【育児】三女が生後半年を経過しました。 【育児】生後、3ヶ月を経過したよ 【育児】第三子誕生とその立ち会いの記録 三女ちゃん ・二語文を話すようになった。あるとき、調子良く喋っていたので、適当な相槌を打ちまくっていたら、かなり長いこと喋っていたりする。まったく理解できない。いろいろごめん。 ・食べることも好きみたい。朝起きて、すぐお腹すいたとかでグズる。でも、まだご飯できてない。つらい。あとウインナーとハム好きすぎる。 ・自分でやりたい、とか自分の気持ちが出てきたように思う。パジャマのボタンを閉めるとか、できることも増えてきた。 ・保育園に通うことで体力がついてきた。姉二人より遅くまで起きていることがある。寝ろ。 ・だっこが好みだが、一人で遊んだり、テレビをみたりして、くっついてなくても良い時間は結構増えてきた。 ・寝室で一緒に遊ぶことを我が家では「デート」と呼ぶ。三女ちゃんに限らず、子どもたちはデート好き。「寝室で遊ぶことをデートと呼ぶ事」を「どうなんだ?」と、いぶかしがられているが、気にしない。布団の上に投げ飛ばしたり、かくれんぼしたりとダイナミズムな遊びを展開している。三女ちゃんにとっては、姉たちと一緒に、対等に遊べる時間でもあり、それも好きな理由なのかもなーと思っている。 次女ちゃん ・とにかく、一人を感じるというのが好きじゃない様子。長女ちゃんがいるときは常に一緒に遊んでいる。長女ちゃんがいないときは親か三女ちゃんにかまいにくる。 ・とはいえ、絵を描くとかおもちゃで遊ぶ世界に入...

【その他】目指すだけならタダやろがい!!

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 今の職場で上のポジション(センター長)を目指そうと思い至りました。キャリアアップを目指します。 以上まる。 いや、ほんとそれだけの事なんですけど。まだ何も初めてないんですけど。 すごい怖いから、逃げたくなるから、「ブログにも書いたしな」と思えるように、書いておきます。 退路を断つ!と書いたろうかなとも思ったけど僕は逃げるの得意だから、 「ブログに書いたけど別に良いだろ、目指すのやめたって。死ぬわけじゃないし。 いや、いつか死ぬし。いつか人はみんな死ぬし。いつか、みんな人は1人残らず死ぬし!」 というクセ強の極端な逃げ道を作れそうだなと思ったのでそこまで書かないでおきます。 ちなみにセンター長を目指そうと思ったのは自分の意志による事になります。会社から何か言われてとかではないです。その割には下記の心境はなんなの?と思う方もいるでしょうね。 今の心境を記録しておきます。 ・怖い!センター長に相応しくない、おれは!やめとけ! ・嫌だ!失敗するのが嫌だ!失敗する可能性は高いだろ! ・分からない!センター長は自分が目指してるものなのかな!? ・カッコいい!自分が怖いと思っている事に立ち向かえるなら! ・・・うん、カッコイイな。怖くて震えるけれども、挑戦している方が面白いと思えます。 話は変わるようで変わらないのですが、先日、小学校時代の恩師が亡くなったという知らせを受けました。恩師は僕に「勉強は疲れたら休め、冒険と仲間作りは休むな」という言葉をくれました。僕はもらったその時からずっと、その言葉の意味を考えています。 僕にとって冒険とは何か? センター長になった時の世界は、今はまだどういうものか分からないけど、もしかしたら新しい世界が広がっているのかもしれない。その新しい世界は自分にとって面白い世界かもしれない。 恩師が言ったからセンター長を目指す、という事ではないけれど、めちゃ怖いと思っている、けれどもしかしたら新しい世界が見えるかもしれないと思うセンター長という役職は自分にとって冒険に値するのではないだろうか。冒険と仲間づくりはずっと続けていきたいと思う。 なにより。 目指すだけならタダやろがい!!! そんな精神。 そんなこんな。

【その他】ぼくがかんがえたさいきょうのきょうのすごしかた

 僕はコーチングを受けている。その話は以前書いた。   【その他】コーチングをオッススメする。 そのコーチが主催する集団プログラムがあり、そこに参加した。 そのプログラムでは4つほどのワークが用意されていて、そのうちの一つに「残り1日しか残ってないなら、理想の1日とは?」というものがあった。 僕はその問いに対して、「ギャンブルで全財産を失ってみたい」と思った。現実的には、死んだ後には保険金が入るようにはなっていて今すぐお金のことで困ることはない。だから、今使える金は使っても良いだろうと思った。「めっちゃアホやなぁ」と思うかもしれない。完璧なる安直さに感じるかもしれないが、そこに引っかかっていたら僕のブログはつまらないし、引っかかってなくても多分つまらない。 それで、もちろん、ギャンブルだから当たることもある。その場合は家族にお金を残せるし、「今日の俺は勝ちで価値は〇〇円だ!」ってギャンブルで当てたお金を高らかに宣言できる。勝ちで価値、という上等のギャグが面白くなくても手にした大金で全てをポジティブなものにもできる。 逆に、外れて無一文になったら、「これは死んでお詫びするしかない。。。」という冗談のような本気の一言も言える。その後においしいものやおいしいお酒を食べ飲みに行きたいんだけど、お金がないから、「一生のお願いだから、お金貸して?」という本気を超えたお願いもできるだろう。 そんな自分を見た周りから、「お前は本当にどうしようもないやつだな!」「今日しかないんだぞ、今日しか!マジで今日しかない!」とか怒られながら、苦笑いして死んでいくというのも趣が深すぎて尊いと思った。 だって、怒り、というのは愛だから。愛を与えたくない人には怒らないじゃないですか。その人に「もっと良くなってほしい」とか「幸せになってほしい」とか、そういう、その人なりの愛情があるから、怒りにつながるんだ。 それくらい強い愛を感じながら死ねたらそれは幸せなんだろうと思った。 うーん、だから、結局何が言いたいのかというと、もっと僕は色んな人に怒られた方が良いんだろうな って、ワークをやって思いましたとさ。 そんなこんな。

坂爪さんとお会いした感想(2022年)

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坂爪圭吾さんとお会いした感想の続きを書く。 前編はこちら   ■今回、お会いした背景 前回、お世話になったお礼がしたい。 千羽鶴の取り組み が心底面白いと思ったから一緒にやりたい。あと、勢い。これらのバランスがうまく噛み合った時に坂爪さんに連絡して札幌にお呼びすることができた。 ■会った とにかく面白かった。すごい人だなぁと改めて思った。 まず、坂爪さんとどこで会おうか悩んだ。思い浮かんだ候補はカフェだった。前にお会いできた時もカフェだったし。 無難だと思った。 でも、無難だと思った。坂爪さんと会うのに無難で良いのか?と思い至った。 そんな折、立ち寄ったコンビニでスイーツの雑誌が目に止まった。 これだ!と思った!スイーツ食おう!男2人だけどパンケーキとか良くね!?と思った。パンケーキうめぇし。 なんでパンケーキなのかはさっぱり分からないけど、男2人でパンケーキは想像するだけで楽しかった。それで坂爪さんに相談した。パンケーキ食べたいので付き合ってくださいと。快諾の返事が来た。 当日、僕から提案して、行こうと打ち合わせた店はまだ空いてなかった。僕から店を提案した手前やっちまったな、と思ったがもう謝罪して別の場所を探すしかなかった。 別のパンケーキの店を探した。パンケーキの気分という訳でもなかったが、パンケーキ食う、という軸がズレたらダメだと感じていた。人生2度目のパンケーキ、というのがその時の自我だった。 ■悲しみと怒り 別の店に向かう道中、「悲しみに関心がある」という話をされた。僕はその話に共感した。 僕は福祉の現場にいて感じるが、悲しみとか怒りを否定的に捉える事がスタッフ側、利用者側双方に過分にある気がしている。 怒りをコントロールしましょう、という話が正義すぎるというか。 でも、そういう自分だって、怒りや悲しみをコントロールしたい、怒りを抑えようと過度に思ってしまう時はある。 坂爪さんは ご自身のブログ の中で「しっかり怒り、その後で祈る」という話をされている。その通りだなと思った。怒って、ちゃんと怒って、その後で祈る事が出来たらそれはすごい事だなと思った。そうなりたいとも思った。 ■お店と対話する お店につき、メニューを見てパンケーキを選ぶ。あまり時間をかけないように、直感で美味しそうなやつ、と思ったのを選び、坂爪さんにメニューを譲る。 坂爪さんはメニュ...

坂爪さんとお会いした時の感想(2018年編)

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体験談について書きたいと思った。 初めて前編、後編と分けてみます。これは坂爪圭吾さんという方に出会って、僕が感じたことのお話。   ■坂爪圭吾さんと初めて会った時 数年前、すごく気になっていた「坂爪圭吾さん」が札幌にトークイベントで来札するということを知った。僕はその時、転職活動をしている時期だった。 坂爪さんに会えたらいいな、と思った。会う怖さもあったけど、坂爪さんに会ってみたいという気持ちが勝った。SNSを通して連絡をしたら会ってくれる事になった。 とはいえ、何を話していいか。何も決めていなかった。何のために会おうとしていたのか、今ならわかるが当時は会う目的がイメージできていなかった。 話す内容のイメージがないままお会いした。当日何とかなるだろう、という適当な思考をしていた。 話は変わるが、転職活動をしていた事情について少し話す。 今後のことを見据えて、苫小牧という街から札幌へ転居しようとしていた。そのタイミングで仕事を変えることも決めた。 仕事の内容は定めてなかったが「子供のために」という理由で年収がいくら欲しいだとかそのためにはなんでもするだとか、だるいことを考えていた。 保険の外交員もやれると思っていて、もし年収が思ったより稼げるようになったら云々みたいな。内心ではそういう「思ったより高い年収になったら。。。」みたいなことも考えていた。ダルい考えだぜ。 ダルすぎて、ダルメシアン業界の中でも指折りのダルさだ。ダルダル、ダルメシアンだ (※ダルメシアンはちっともダルくありませんし、可愛さの権化です) ■転職活動当時の思い 今思えばだけど、いきっていた。なんでもやれると言っている自分像をつくり、家族のために生活していくことで幸せに暮らしていけると思い込んでいた。子どもたちのために年収500万というのを一つの目標にした転職活動をしていた。 でも本当はすごい不安だった。自分の転職がうまくいくのだろうか。自分のしたい生活ができるのだろうか。営業職への転職を視野に入れていたけれど、人脈を広げていくことに関心が薄い自分が、営業職を面白いと思えるのだろうか。自分は本当は何をやりたいんだろうか。 恥ずかしい話、自分が不安だということも当時は気づいていなかった。 ■坂爪さんから言われた言葉 会った時に何を話すか決めていなかったが、話の流れで転職活動の話になったんだと思う...

1年の育児休暇が明けたあとの感覚について

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 ブログを書く余裕がございませんでしたー。 2022年2月1日より、職場復帰を果たしました ところ、家のことと仕事のことでほぼ余裕がゼロという状況でございました。加えて、引越しもしました。そんなこんなで、余裕がないわけではないが、落ち着いた時間(=ブログに取り組む時間)を取るのは困難な状況でしたね。 仕事の方は、元の職場ではなく異動という事になりました。職場が変わるというのはストレスにもなるのですが、一方で新しい刺激もあるという側面も感じています。そして、スタッフのみなさんがかなりフレンドリー、かつ甚大なるサポートのおかげをもちまして、なんとかかんとか、1ヶ月半が経過している次第です。 初日にお客さんから怒りをぶつけられたり、「やもの言っていることがわからない、合わない」と苦情をいわれたり、と順調なスタートではありませんでしたが 上記の通りスタッフのフォローの意識はほんとうにありがたい限りでして、最初は「仕事するって楽しいなー」と素直に思えていましたね。 怒られたりしているのに「楽しいなー」という感覚もどうかと思いますが、苦しさを感じられることすら新鮮な感覚でもありましたし、周りのスタッフのみなさんが優しいもんで、仕事するっていいなと思っていました。 やはり家事・育児のみの生活から社会的な時間があるというのは刺激的でした。それは今現在も同じですが、「仕事って大変だなー」という気持ちにもなっております。何が大変か、というと具体的ではないのですがやっぱ「家にいたい」みたいな、楽してたいという感情があることは自覚しています。家、いいじゃん。家。 だから、仕事への感覚としては、「楽しい!大変!帰りたい!」という感じですね。あ、「嬉しい!楽しい!大好き!」のリズムと一緒ですね!奇遇ですね! 奇遇ですね!じゃねぇよ。何が奇遇なんだよ。 あと、勉強したい欲求が明確にあることを感じてますねー。これなんだろう。育児休暇中に「Notion」というノートアプリの存在とそれを活用した知識蓄積の方法を学んだんですが、つまり本を読んで、ノーション にまとめるという行為が楽しいのです。 そういう感覚があることと併せて、業務効率だったり、対応のレベルアップだったり、自分が関心のあるそれらの事を学ぶ際に「根拠があること」というのはやはり強いな、と思うのです。 根拠があれば、自分の言葉にプラス...

【振り返り】約1年間の育児休暇を終えて【その他】

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2021年3月から始まった育児休暇は、2022.1月末を持って終わりました。 長女ちゃんは6歳、次女ちゃんは4歳なので、家事にせよ育児にせよ、何にせよ初めての事はないのですが、 専業主夫になるにあたっては最初は転職のつもりで、 育児休暇に入りました。育児休暇(育児休業)と世間では言われますが、「休暇じゃなかった」というのは振り返ってひとつ思うところです。「どう、ゆっくり休めた?」とか聞いてくる方がいらっしゃれば「 それ、二度と言わない方が良いよ」 って教えて差し上げる所存です。 余談なんですが、 育児休暇って言葉が誤解を生みかねなくないですか。 「育児修行」とかどうですかね?育児休業と似てるし。やることに向き合えば修行した感覚は持てると思いますし。 とはいえ、仕事はお休みなので「じゃあ、何に時間を使ってたの?」と聞かれるとあまりはっきりとした答えは用意できないのも現状です。一つあるのは「 夫婦での話し合いの時間」 は思ったよりずっとありました。 平均すると毎日1〜2時間くらい、 夫婦で話していたのではないかとおもいます。その内容は育児についての話もあれば、生活全般の改善のための話とかもありました。主夫という新しい生活になったのに、そうした生活の組み立て方に関する話し合いをすべきという認識がなかったので、この辺は嫁さんが上手くリードしてくれていたなーと思います。 ちなみに、平日であれば10時くらいまでは幼稚園への送り出し〜洗い物〜洗濯〜掃除、という感じであっという間です。10時くらいから話をするとそれで12時。お昼ご飯を作って食べて14時に幼稚園のお迎え。子供達が帰ってきたらもう落ち着いて何かに取り組むというのは不可能なので、あとは寝かしつけまでの時間は子供優先で過ぎていきます。 土日は言わずもがなですね。 育児って仕事より大変なのかもしれません。 【今週気づいたこと】今週気づいたこと 上の記事では、育児休暇の序盤に料理作りで大変疲弊している様子が記録されています。 この文章を書いている時点では仕事が始まっているのですが、思ったより仕事で疲弊していないことを意外に感じています。いや、まだ業務の負荷がそれほど強くないとか、一緒に働くスタッフが気を使ってくださっているとか、という側面は大いにあるので今後は分からないのですがそれでも疲れきってないのが不思議に思っています。 ...